エース級の社員が辞めないようにする戦略

エース級の社員が辞めないようにする戦略

はじめに

就職活動が「売り手市場」と言われるようになって久しくなりました。リクルートワークス研究所の調査によると、2022年3月卒の新卒求人倍率は1.50倍を維持しています。

そのような状況の中で、自社に優秀な人材を確保しようと力を尽くしている人事採用担当の方々にとっては、社員の流出、特にエース級と期待されている社員が辞めてしまうことは、コストの面でも心情的な面でもダメージが大きく、残念なことに他ならないでしょう。

今回の記事では、エース級の社員が辞めないようにするためにはどうすれば良いか、「考えの水準・次元」という観点で考察してみたいと思います。

「IQが20違うと会話が通じない」から見える真理

投資家の安間伸氏の著書『高知能者のコミュニケーショントラブル: IQが20違うと会話が通じない』(Kindle 版)には、集団の中でのコミュニケーションに関して示唆に富んだ内容が書かれています。高知能者のコミュニケーションより

この本では、「一般的な知能が高く、深い認識と思考で問題解決に導く力のある人」を「高知能者」「高IQ者」と定義し、高知能者のコミュニケーションがなぜ難しくなってしまうのか、説明されています。

まず、知能が上がれば上がるほど絶対数が減ってしまうことが要因として挙げられています。例えば、知能指数160以上の人は人口の0.4%、つまり250人に1人の割合しか存在しないため、高知能者がコミュニケーションしやすい同じ水準の人達の絶対数が圧倒的に少ないという問題があります。

また、高知能者と一般の人ではコミュニケーションの目的が異なることも、コミュニケーションを難しくする要因として挙げられています。高知能者の会話の目的は主に「真理追究」「問題解決」であるのに対し、一般の人々の会話の目的は「共感」や「序列確認」なので、会話が噛み合わず、話をするだけで誤解やトラブルが生じてしまうと言います。

このように、この本では世の中のコミュニケーショントラブルが知能の違いによって生じることが解説されており、「その国の国際競争力を上げる」と言われる上位5%の高知能者を理解し潰さないようにしなければならないという趣旨のことが書かれています。興味のある方は是非ご一読下さい。

もちろん、世の中のどの集団でも、紹介されている図のような知能の正規分布が描かれる訳ではありませんし、目や耳で得た情報の処理、理解、表現等の項目で測定される知能指数の他にも、性格など、高知能者のコミュニケーションを難しくする要因はあると思われますが、個人的には「考えの水準・次元が異なると話が通じない」ということについては、普遍的な真理に思えてなりません

次に、私がある会社の教育を担当した際に体験した事例をご紹介します。

傘の収納の仕方を見て人間性を否定する先輩社員達

専門商社の営業職として入社したAさんは、採用時に受検した適性検査の数値が高く、実務も意欲的にこなし、経営課題の解決にも関心を寄せて積極的に提案をするなど、今後の活躍が期待される社員でしたが、3年も経たない内にその会社を退職してしまいました。

部署内でのAさんの評価はバラバラで、実際の仕事ぶりを高く評価する声もあれば「人間性に難あり」という声もありましたが、詳しく話を聞いてみると、社内で奨励されている整理整頓が実行できていないし、注意しても改善されなかったことが「人間性に難あり」という評価の根拠になっていたことが分かりました。

整理整頓の具体的な内容は、傘立てに置いてある傘の収納の仕方が見苦しかったということだそうで、「整理整頓がきちんとできない人間に良い仕事ができるはずがない」という社長の言葉を受けて、部署内の先輩社員達が軒並みAさんを低く評価していたそうです。

Aさんとしては、反省しなかった訳ではなかったのですが、日頃の自分の仕事への取り組みやエンゲージメント(忠誠心)の高さはほとんど評価せず、整理整頓に過剰に着目する先輩たちの姿を見てその会社で働く希望をなくし、人事や上位の管理職に相談することもなく退職を決めてしまったそうです。そして転職した先ではメキメキと業績を伸ばしていきました。

もちろん、業務を進める上で整理整頓が大切ということは言うまでもありませんが、「傘の収納の仕方が見苦しい、だから人間性に難がある」と認識するのはあまりに短絡的で、評価の方法への無知というよりも、そのようにしか評価できない考えの水準・次元の低さにも問題があるように感じられました。

実際、Aさんの知能指数がどの程度だったのかは知る由もありませんが、Aさんが「コミュニケーションが成り立たない」「噛み合わない」という感覚を抱いてしまったことはよく理解できますし、知能指数に関わらず考えの水準の高低によって「話が通じない」現象は起こり得ることを体験しました。

自分の考えの水準を上げること

では、優秀な社員の流出を防ぐためにはどうすれば良いのでしょうか。

それは、考えの次元・水準を高めること以外に道はありません。ここで言う「考えの次元が高いこと」とは聡明さであり、「考えの次元が低いこと」とは愚鈍さを指しています。

特に組織の中でより上の立場にある人の考えの次元が低ければ、せっかく組織内にいる潜在能力の高い社員を見出すことができませんし、正しく評価することもできないからです。社内に優れた人材がいるのに活かしきれないのは、マネジメントに責任があると言わざるを得ません。

もし、皆さんの考えの水準がずば抜けて高く、集団の大多数の考えと乖離している場合は、間を取り持ってくれる中間的存在を見出すことが大切です。この中間的存在がいないと、集団との間のコミュニケーションや意思疎通が極めて難しくなるからです。

ただし、自分自身のコミュニケーション能力や努力の不足を「自分の考えの水準が高いから皆がついてこれない」とばかり考えることは危険です。本当に知能が高い人は自分自身の認識や観が正しいのか疑う姿勢があるため、「自分の知能が高い」という認識自体に歪みがあるかもしれないことも、心に留めることをお勧めします。

<参考>
知性が高い人は自分の『観』を疑い、知性が低い人は自分の『観』に支配される
https://leadershipdock.net/post-2349/

また、もし皆さんが、集団の中で中間に位置しているのであれば、考えの次元の高い人ともそうでない人ともコミュニケーションを取りやすいという意味で、組織運営上重要な位置にいると言えます。しかし、それぞれの次元の考えに共感し同調しているだけでは、組織に貢献したことにはなりません。ましてや派閥を作ったり組織を分断させる働きをしたりすることは、自分自身の自己顕示欲は満たせても、組織にも個人にも有益がないことを忘れないようにしてください。

そして、自身の考えの水準が低いと感じている場合、次元の高い生き方をしている人をみだりに判断せず誤解しないことが大切です。恐らく、このような記事を読み人材の流出に心を痛めている読者の方々であれば、考えの水準が低いことはないと思われますが、ちょうど子どもは大人の考えや行動が理解できないように、考えの水準が低い人は次元が高い人の思想や実践が理解できないものですので、知的謙虚さを保って次元を上げる努力をし続けることが大切でしょう。

まとめ

米国の人種差別撤廃のため人生をかけて戦ったマーティン・ルーサー・キング牧師は、その崇高な理念を理解できなかった群衆から憎まれ、暗殺という形でこの世を去りました。

また、日本の近代化に大きく貢献をした坂本龍馬には多くの敵が存在し、やはり暗殺という形で人生を終えるようになりました。

そして、霊魂の救済のために命をかけたイエス・キリストも、その愛と思想を理解できなかったユダヤの宗教人たちから憎まれ磔にされました。

このような悲劇的な歴史を繰り返さないためにも、私たちの社会全体が、また組織や個人が、今以上に考えの次元を上げることが大切である気がしてなりません。