「人間関係のトラブル」という物語に巻き込まれるな!―「言い方の問題」にすり替わる職場の構造

はじめに

職場で何か問題が起きたとき、

「二人の間でうまく話し合ってください」
「お互いに言い方には気をつけましょう」
「もう少し大人になって、仲良くやってください」

といった形で処理されることがあります。

もちろん、本当に人間関係のトラブルであれば、このような調整が必要なこともあります。

しかし、最初に起きていたのが、

  • 業務上のミス
  • 判断の遅れ
  • 責任分担の曖昧さ
  • 顧客への不利益
  • 不適切な業務フロー

といった仕事そのものの問題だった場合は、話が違います。

業務上の問題を指摘した人と、指摘を受けた人の間に軋轢が生じたからといって、それを「二人の人間関係の問題」として処理してしまえば、元々あった仕事の問題はどこかへ消えてしまいます。

私自身、さまざまな組織に関わらせていただく中で、このような場面を数多く見てきました。

問題を解決しようとした人が、いつの間にか「人間関係をこじらせる人」「トラブルメーカー」として扱われてしまう。

この問題は、以前の記事「『問題を発見した人』が、なぜ『問題人物』にされるのか」でも解説しましたが、今回は、仕事の問題が人間関係の問題にすり替わる背景と、自分がトラブルメーカーに仕立てあげられてしまったときの対処法まで考えてみたいと思います。

そもそも、最初に起きていた問題は何だったのか

あるクラウドサービス会社の事例です。

入社3年目のAさんという社員が、同じ部署の先輩Bさんにこう報告しました。

「この業務フローでは、最終的に誰に確認をとればよいかが不明確です。このままだと先月の株式会社〇〇への納品の時と同じミスが繰り返されると思います」

Aさんの話を聞いたBさんは、

「自分はその確認をするように頼まれている人間の一人だから俺に言われても困るし、責められているようで不愉快だ」

という反応をしました。

そして、AさんとBさんの上司は、

「二人とも感情的にならず、もう少しうまくやってくれないか」

と、一見「仲裁」のような対応をしました。

こうなると、いつの間にか話題の中心は、

「誰の言い方が悪かったのか」
「二人の関係はどうなのか」
「どちらが歩み寄るべきなのか」

というコミュニケーションや関係性の話になっていきます。

しかし、最初の問いはそこではありません。

この業務フローには、本当に問題があるのか。

それだけです。

コミュニケーションや人間関係の摩擦は、その問題を話し合った結果として発生した二次的な現象だと言えるでしょう。

にもかかわらず、二次的に起きた感情的な摩擦だけを取り出して「人間関係のトラブル」として処理すると、

問題を指摘したから関係が悪くなった

という話が、

関係が悪いからその問題を指摘している

という構図に変わってしまいます。

もめ事として「二人とも悪い」「お互い様」と結論づければ、上司の対応は非常に楽になるでしょう。

しかし、それで業務上の問題が解決するわけではありません。

「言い方」「協調性」が論点になるメカニズム

このすり替えを加速させるのが、「自分は調整型だ」と考えているリーダーです。

もちろん、対立する部下同士の関係を調整することは、管理職の重要な仕事の一つです。

問題は、何でも人間関係の調整で解決しようとすることです。

仕事の問題を正確に捉えるには、

「何が起きているのか」
「どこに原因があるのか」
「誰にどの責任があるのか」
「何を変更すれば再発を防げるのか」

を見なければなりません。

状況を理解する力も必要ですし、場合によっては、自分自身の判断や管理にも問題があったと認めなければなりません。

それに比べると、

「Aさんにも言い方に問題があった」
「Bさんも少し頑固だった」
「だから、二人とも歩み寄りましょう」

という結論は、とても簡単です。

しかも、リーダー自身は、

「自分が二人の間に入って調整した」

という達成感を得ることができます。

リーダーとしての判断力や問題解決力には自信が持てなくても、

「私は人間関係をうまくまとめられる」
「私は誰とでも話ができる」
「両方の立場が分かる」

という役割には、自分の存在価値を感じやすい人がいます。

すると、無意識のうちに、

問題を発見した人 × 問題を指摘された人

という対立構図を作り、その上に、

中立な調整役である自分

を置くようになります。

本来であれば、仕事の問題を処理すべき立場の人が、自分自身を問題の外側に置いてしまうのです。

その結果、「どちらにも問題がある」という「喧嘩両成敗」の形になります。

しかし、業務上の問題において、常に両者に同じ責任があるとは限りません。

問題を指摘した人と、問題を放置した人。
判断を求めた人と、判断をしなかった人。

この二者を対等な「揉めている人同士」として扱えば、本来の責任構造は見えなくなってしまいます。

このように、仕事の問題が「言い方の問題」にされた瞬間、本来直視すべき仕事の問題は認識不可の形に消えていくのです。

“中立な調整役”が問題を見えなくすることがある

心理学には、二者間の緊張に第三者が入り、三角形の関係が作られる「triangulation」という概念があります。

職場でも似たことが起こります。

本来はAさんがBさんへ伝えた業務上の問題だったのに、上司が間に入り、

「AさんはBさんに不満がある」
「BさんもAさんに傷つけられた」
「私は二人の間を調整している」

という構図へ変えてしまう。

もちろん、すべての調整型リーダーが意図的にこのような構図を作っているわけではありません。

多くの場合は、仕事の問題を構造として捉えるより、人間関係の問題として捉えた方が本人にとって理解しやすいのだと思います。

しかし、その結果、

「言い方を直してください」
「もっと協調してください」

という指導だけが残り、仕事上の問題は放置されます。

そして問題を指摘した人は、

「言えばまた自分の言い方のせいにされる」
「言えばまた自分が空気を読まない人間だとレッテルを貼られる」

と学習し、やがて何も言わなくなります。

これは組織にとってかなり危険です。

問題を発見できる人が、問題を見ても報告しなくなるからです。

「人間関係のトラブル」という物語に乗らない

では、自分自身が「人間関係のトラブルメーカー」として扱われ始めた場合、どうすればよいのでしょうか。

ここで重要なのは、相手の作ったトラブルの物語の中に入りこまないことです。

「私はそんなつもりじゃありません!」
「どうして私だけが悪いんですか!」
「○○さんの方がおかしいと思います!」

と感情的に説明すればするほど、

「やはり二人は対立している」

という構図を補強してしまうことがあります。

そのため、できるだけ事実へ戻ります。

例えば、

「私は、Bさんとの人間関係について問題提起しているわけではありません。業務上、業務の工程に問題があると認識しています」

と伝えます。

その上で、

「私の立場で対応できる範囲では、プロセス②と③の改善が可能だと考えています」

「○月○日に、この件について報告しました」

と、事実と提案を淡々と残します。

可能であれば、口頭だけでなくメールや議事録など、あとから確認できる形にしておく方がよいでしょう。

大切なのは、誰かを責めるような形ではなく、「私は何を問題として認識し、何を提案し、いつ報告したのか」を明確にすることです。

「○○さんともめているんだって?」と聞かれたら

もし、別の上司や同僚から、

「Bさんともめているんだって?」

と言われたら、

「私はBさんとトラブルを起こしているという認識はありません。Bさんがそのようにおっしゃっているのですか?」

と静かに確認してみてもよいと思います。

必要であれば、

「では、具体的にどの行為をトラブルと認識されているのでしょうか」

「私が問題として報告しているのは○○の業務上の件です」

と整理します。

ここでも、感情や人物評価に入らず、事実へ戻すことが大切です。

問題を解決する人がいなくなった組織に残るもの

私の現場感覚では、「自分は調整型だ」と考えるリーダーは想像以上に多いように感じます。

人間関係を円滑にする力は、もちろん重要です。

しかし、それはあくまで組織を動かすための一つの機能です。

仕事上の問題を発見し、判断し、解決する力の代わりにはなりません。

「どんな人ともうまくやれる自分」
「両方の気持ちが分かる自分」
「対立を収められる自分」

に満足していても、その結果として問題が放置され、顧客が離れ、有能な人材が去り、チームそのものが弱くなったのであれば、組織にとっては意味がありません。

「人間関係は滑らかで対立はない。けれども、前へ進む動力がない。」

それは、ちょうど組織を動かす動力(エンジン)がないのに不要な潤滑油だけが注がれているのと同じくらい、無意味なことではないでしょうか。

もし組織全体が、起きている出来事を業務上の責任や構造ではなく、常に「誰と誰の関係が悪いのか」という人間関係の枠組みでしか捉えられないのであれば、その組織は事業体としての機能をかなり失っていると言わざるを得ません。

本来、企業や法人は、特定の目的や理念を実現するために集まっているはずです。

それにもかかわらず、「仲良くやれているか」「場の空気を乱していないか」が最優先になるのであれば、事業体というより、仲良しクラブやサークルに近い状態になってしまいます。

もしあなたが、業務上の問題を指摘した結果として「人間関係を乱す人」と扱われているなら、その評価だけを見て自分の判断まで疑う必要はありません。

まず確認すべきなのは、あなたの人格ではなく、最初に提起した仕事上の問題が実際に存在していたかどうかです。

まとめ

仕事の問題が「人間関係のトラブル」にすり替わったとき、確認したいのは、

そもそも、最初に起きていたのは何の問題だったのか。

ということです。

人間関係の摩擦は、その後に起きた二次的な現象かもしれません。

それを原因だと取り違えてしまえば、いくら「言い方」や「協調性」を改善しても、最初の問題はそのまま残ります。

もし自分が「トラブルメーカー」に仕立てられそうになったら、感情的に弁明するより、

何が問題なのか。
自分は何を提案したのか。
いつ、誰に報告したのか。

を淡々と残してみてください。

人間関係の物語に入るのではなく、仕事の事実へ戻る。

それが、自分自身を守るだけでなく、本来の問題を消さないためにも大切なのではないでしょうか。