役職が上だから、知性も高いとは限らない―肩書と判断力は、必ずしも一致しない

はじめに

長らく日本では、年次が上がるにつれて役職に就きやすい人事制度が一般的でした。

しかし現在は、年功序列もかなり変わってきています。若くても高い専門性や実績があれば重要な役割を任されることがありますし、年齢が高いからといって、必ずしも能力や報酬が高いとは限らなくなりました。

つまり、

年齢が高い=能力が高い

とは限らないことは、かなり共有されるようになったと思います。

では、

役職が高い=判断力を含む知性も高い

と言えるのでしょうか。

今回は、この点について考えてみたいと思います。

① 大人になれば、判断力も自動的に成熟するのか

まず、能力と知性は同じではありません。

能力は、知識やスキル、経験、実績として積み上げていくことができます。

一方で、知性は「積み上げる」というより、それまで自分が当然だと思っていた考え方や判断基準を、少し離れたところから見られるようになることに近いものです。

成人発達理論では、大人になってからも知性は発達すると考えられています。重要なのは年齢そのものではなく、自分の考え方や価値基準をどこまで客観視できるかです。

「自分の考えや価値基準を客観視する? 自分のことを客観的に把握することでしょ。それならできている」

そう思われる方も多いかもしれません。

しかし、自分の考えや価値基準に「従う」ことは容易でも、それらを心から取り出して、テーブルの上に置くように「眺める」ことは意外と難しいものです。

なぜなら、私たちは自分の考えや価値基準に無意識に従って判断し、行動していることがほとんどだからです。それまでの考え方ではどうにもならない限界にぶつからなければ、そもそも自分の価値基準そのものを疑い、客体化する必要性を感じることも少ないでしょう。

ですから、役職が高くても、必ずしもその役割に必要な判断力が育っているとは限りません。

逆に、年齢が若くても、自分の立場だけでなく、複数の視点から状況を捉え、冷静に判断できる人もいます。

役職や年齢ではなく、複雑な状況をどのように処理し、判断できるかを見る必要があります。

 

② 権限を持つことと、責任を引き受けることは違う

役職に就けば、その役職に応じた権限を持つことになります。

しかし、権限を持つことと、その権限に伴う責任を引き受けられることは別です。

私は、管理職の判断力や知性は、平時よりも、むしろ問題が起きたときに表れやすいと思っています。

何も起きていないときには、誰でも穏やかに部下と接することができます。

ところが、

クレームが起きた。
予算が足りない。
部門間で利害がぶつかった。
誰かが判断しなければ前に進まない。

そんな場面になると、その人がどのように情報を処理し、責任を引き受けるのかが見えてきます。

そこで、

「あの部署が悪い」
「みんなで決めたことだから、自分だけの責任ではない」
「そもそも大した問題ではない」

と責任を外へ逃がすのか。

それとも、

「この判断は自分が引き受ける」
「ここまでは自分の責任で、ここからは相手の責任」

と整理できるのか。

この違いは大きいです。

ただし、ここで大切なのは、知性が高い人が偉く、低い人が悪いという話ではありません。

ポイントは、求められている役割と、その人の判断力が合っているかどうかです。

役職に必要な水準よりも判断力が追いついていなければ、本人も苦しくなりますし、その下で働く人たちにも大きな負担がかかります。

役職に見合う知性があるかどうかは、

その人が、問題が起きたときに、どこまで責任を引き受けられるか

に表れやすいのではないでしょうか。

③ 人格批判ではなく、「役割と知性のミスマッチ」として見る

上司が責任を果たせなかったとき、

「この人は無責任だ」
「人格に問題がある」

と考えたくなることもあると思います。実際、そう思っても仕方がない局面もあるかもしれません。 

しかし、人格的な面を批判しても、「状況を変える」という意味では効果的とは言い難いことがあります。 

むしろ、

この人は、この役職に必要な判断力がまだ追いついていないのかもしれない

と、少し冷静に見ることで、あなた自身を守りながら、状況にも対処しやすくなります。 

人格が悪いというより、知性、つまり情報の処理や判断の水準が、その役割に追いついていないということなのです。

そう考えると、

「どうしてこんなことも分からないのか」

という感情的な対立から少し距離を取ることができます。

つまり、相手を“人物”として評価するのではなく、

「この人は、どの程度の複雑さまでなら処理できるのか」
「この人は、どの場面になると判断できなくなるのか」
「この人は、どの責任までは引き受けるが、どこから先は逃げるのか」

と、その人の“対応可能な範囲”を、人格ではなく機能として捉えるのです。 

この見方をすると、過剰な期待をしなくなるという点でこちらもストレスが減りますし、

「ここまでは相談してよい」
「ここから先は別のルートを考えた方がよい」

と現実的に判断しやすくなります。

また、知性の向上に関しては、自分自身も同じように、今いる役職にふさわしい知性が求められます。役職が上がれば、当然、これまでより複雑な状況を扱うことになるのです。

そのとき、

「今の自分は、この役割に必要な判断力を持っているだろうか」
「自分は権限だけを使い、責任を避けていないだろうか」

と振り返ることも必要です。

役職は、会社から与えられます。

しかし、その役職にふさわしい知性や判断力は、肩書と一緒に自動的に与えられるわけではありません。

まとめ

年齢が高いから。
経験が長いから。
役職が上だから。

それだけで、知性や判断力まで高いとは限りません。

組織で本当に重要なのは、肩書ではなく、

その人が複雑な状況をどう捉え、どこまで責任を引き受けて判断できるか

です。

管理職という肩書と、判断力。

この二つを分けて見ることができると、職場で起きている問題の見え方も少し変わってくるのではないでしょうか。