イノベーションを成功させるための「オープン・シェア」とは?

イノベーションを成功させるための「オープン・シェア」とは?

Vol 7 イノベーション
シリーズ「ここに神経を使う人が逸材になる」の7つ目のテーマは、「イノベーション」です。イノベーションとは、「革新」「刷新」を意味する英単語で、この変化の速い社会にあって、常に新しく変化していくことが個人にも組織にとっても重要であることは、言うまでもありません。イノベーションを起こす個人、組織になるにはどんなマインドを持ちどう行動すべきか、数回に亘ってポイントをご紹介していきます。


はじめに

インターネット等による情報伝達技術の発達により、情報やデータの「オープン化、シェア化」が、様々な分野で進んでいます。

4月14日にNHK「クローズアップ現代」で放送された「オープン・シェア革命」をご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。メジャーリーグで活躍するダルビッシュ有投手や、箱根駅伝の優勝常連校・青山学院大学陸上部が、自身の技術やトレーニング方法を惜しげもなくSNSなどを通じて一般に公開したことが紹介されました。本来ならば自分たちだけが持っているべき技術をオープンにすることで、他の多くの選手が技術を学んで、更に進化した技術を学ぶという「成長の好循環」が生まれているという内容です。

スポーツ界ではこの流れを作ったとされるのが、メジャーリーグ機構とも言われています。試合中のボールや、選手の動きのデータをすべてオープンにしたことで、選手やチームの分析力と対策の精度が上がり、リーグ全体のホームラン数、ピッチャーの平均球速や投球技術などが格段に上がりました。その結果、リーグ全体のレベルアップにも繋がり、ファンにとってもより魅力的な試合が増え、イノベーションに成功しました。

スポーツ界で顕著に見られるオープン・シェアの動きが、ビジネスや教育などの様々な分野でも注目されているということです。

オープン・シェアは技術革新による必然的に起こる

オープン・シェアの動きは、今に始まったことではなく、人類はずっと繰り返してきました。

オープン・シェアは技術革新と密接な繋がりがあると考えられます。過去の歴史をみてみると、代表的なものがグーテンベルクによる活版印刷技術の発明と、それに伴う「知」の拡散です。聖書を代表とする知的な書物は、当時は知識階級の人たちのみが読めるものでしたが、この発明によって、一般大衆に「知」や「学問」が広がっていくことになりました。結果的にヨーロッパ地域は産業革命を起こし、文化的にも多様だった人たちを繋げる役割をし、文化的にも世界の先進地域となりました。まさにイノベーションに大きく成功したのです。

現代のインターネットやSNSの発達も、この活版印刷術の発明と重なる部分があるのではないでしょうか。科学技術が発達することにより、「知」や「技術」というものが拡散されていくことは避けられません。この流れをどのように捉え、どのように向き合っていくのかが、組織のイノベーションの成功を大きく左右します。

「オープン・シェア」することで守れるものがある

企業や組織が発展し成功するためには、多大なる投資と努力が必要ですから、苦労して積み上げてきた技術や知識を守ることは、自身のブランド価値を守る上で非常に重要です。

一方で、企業や組織が持っている価値をずっと守り続けるというのは難しく、時代や環境の変化に合わせて、自身もアップデートしていかなければなりません。

成長を目指す組織にとって「得てきたものをオープンにする」という姿勢が必要です。その理由は、オープンにすることによってこそ、自身が成長することができるからです。「オープン・シェア」が成長に繋がることは、2つの理由から考えられます。前述の「クローズアップ現代」に登場した2人の人物の話を参考にみていきます。

技術やノウハウが整理され、明確になる

「ある程度の勝利の方程式を作って、そこに自分だけがノウハウをもってやれば、確かに勝ち続けることができたのかもわからない。(しかし)結果として業界の発展もないし、自分自身の監督としてのスキルアップもできてこないと感じたんです。今までは自分の感覚でやっていたものが、噛み砕いて論文化させている。それをきちっと形にしている、発信することによって、自分の頭脳と技術力がイコールになって更に自分に磨きがかかる。」(青山学院大学陸上部・原監督)

自分が学んで分かったつもりになっていたものも、誰かに教えてみると「あれ?これで良いんだっけ?」と思った経験はないでしょうか。インプットした時は完璧だと思ったものも、アウトプットしてみると曖昧な部分が明確になります。誰かに教えながら、結局は自分が学んでいるのです。

オープンにすることで、より良い他者の意見をもらうことができる

「共有しなければ、他人からフィードバックがもらえない。『こうじゃないのか?』という指摘や、『こうやってみたら?』という提案も得られない。共有をやめたら学ぶスピードが落ちる。それは損だと思う。」(トレバー・バウアー投手:2020年メジャーリーグNo.1投手に贈られるサイ・ヤング賞を受賞)

オープンにすることは、少なからずストレスがかかることかもしれません。しかし「成長」という目的を持つならば、オープンにすることで自分1人で内省的に進んでいくよりも、遥かに速いスピードで成長することができます。成長し発展することで、結果的には「時代が変わっても必要とされる自分たちの価値」を守ることができるのです。

オープンにすべきものを判断する

オープンにするという姿勢ができたら、次に「何をオープンにし、シェアするのか」を判断することが重要です。

例えば、自分が素敵な庭を持っているとして、近隣の人たちや友人たちに庭を開放して一緒に楽しく過ごすとしても、家の中、ましてや寝室は誰にでもオープンにすることはできないでしょう。自分だけではなく家族や恋人が一緒に使っている場合はなおさらで、安心してプライベートな時間を過ごすことができなくなり、自分や最も大事にすべき家族が不幸になります。

特に、個人ではない複数の人のものである組織においては「何をオープンにし、何をオープンにせず守るか」という判断が、リーダーには絶対に必要です。組織はリーダーだけのものではないからです。そのために大事なことは、組織の目的、組織のあるべき姿をリーダーがしっかりと認識しておかなければなりません。

株式会社においては、株主に提供するべき利益、従業員たちに提供すべき利益、自分たちのサービスを利用してくれる顧客に提供すべき利益と、しっかり分別して提供する必要がありますし、他の目的を持つ組織でも同様な分別が重要になります。

自分たちが提供する「有益なもの」を明確にする

「オープンにすべきもの」は、組織にとっても、また組織外の人たちにとっても有益なものでなければ意味がありません。有益でないものをオープンにしても、誰も必要とせず、自らの価値を落とすだけだからです。「自分たちが提供できる有益なものは何か」を明確にし、ない場合は創造することが必要です。提供すべきものと対象を3段階に分けて考えてみしょう。

リーダーシップドック オープンシェアについて①限られた人を対象にした、特別に有益なもの。高度な学びを必要とするもので、既に専門的な領域に入っている人に有益なもの。
②ある程度ニーズが明確な人を対象にした、他では提供できない有益なもの。関心がある分野が明確で、成長過程にある人に有益なもの。
③幅広い対象を明確にした、広く有益なもの。元々興味関心がない人でも、一般的に知っておくと有益なもの。

①〜③のどれもが重要ですが、①が最も重要なものになりますし、強みになります。しかし①だけでは存続できないため、①へと繋げる役割を果たしてくれる②、③が重要です。この分野は自分たちの価値を上げる役割もしてくれます。①〜③毎に相手となる存在がいますが、相手のニーズを分かって提供することが必要です。

ひどい空腹状態で、ただお腹いっぱい食べたい人には、高価な会席料理を御馳走するより、ビュッフェや山盛りの定食が喜ばれるでしょう。自分が提供できるものを段階に応じて整理し、それに見合った相手にしっかり応えることで、ミスマッチをなくすことができ、双方がハッピーになることができます。

自分たちが存続していくためには、自分の目的を成すだけではなく、相手の目的やニーズにも応えてあげることが重要なのです。

まとめ

得てきたものがあるならば、オープン・シェアを恐れず、自らオープン・シェア革命を起こすことが大事です。

そもそも価値を創出し、有名になればなるほど、必然的に模倣されたり研究されたりします。自ら「オープンにする」という姿勢を持つことによって、自分が勝手に「競合」や「敵」だと思っていた存在が、協力者や良いアドバイザーになる可能性もあるのではないでしょうか。

苦労して習得した技術やノウハウをシェアをしても、結局やるかどうかはその人次第です。やらなければ、技術やノウハウは他人のものにはならないので、恐れる必要はありません。オープンにできる技術やノウハウは良質なものですから、その段階まで自分が至ったことは誇るべきことです。オープンにすることで感謝され、協力してくれる人も増えるでしょう。そして自分自らが「成長する」という意識をしっかりと持ってれば、シェアしたことで出現する競合も、自分にとっての良き競争相手となってくれ、自分が更に成長することができるでしょう。

「施し散らして、なお富を増す人があり、与えるべきものを惜しんで、かえって貧しくなる者がある。物惜しみしない者は富み、人を潤す者は自分も潤される。穀物を、しまい込んで売らない者は民にのろわれる、それを売る者のこうべには祝福がある。善を求める者は恵みを得る、悪を求める者には悪が来る。自分の富を頼む者は衰える、正しい者は木の青葉のように栄える。」
(旧約聖書 箴言11章24〜28節)