最も難しいリーダーシップ 〜前半:求められるミッション編〜

最も難しいリーダーシップ 〜前半:求められるミッション編〜

■はじめに

 世の中には色々なコミュニティー・社会が存在します。

 学校、職場、地域、趣味活動、国…などなど、無数のコミュニティが存在し、私達は様々なコミュニティーに所属しています。小学生の頃、フルーツバスケットという椅子取りゲームが好きでしたが、人類全体でフルーツバスケットをやったら永遠に終わらないでしょう。

 そしてそれぞれのコミュニティに、リーダー・指導者が存在します。学校なら生徒会長や学級委員、部活の部長など。職場なら社長、課長、組合の役員。地域社会なら町内会長や自治会長などが身近に感じられるかもしれません。お笑いトリオ、アイドルグループにも「リーダー」が存在しますし、政治や芸術、スポーツなど、無数のリーダーが存在します。

 どのリーダーも苦労は多く大変だと思うのですが、さて、どんなリーダーが一番難しい役割だと思いますか?

 

「社長でしょう。治める人数が多いし、皆を食べさせないといけないから。」「課長の方が難しいって。上司の後始末して部下のフォローもしなきゃいけない。」
「総理大臣じゃないかな。国の代表だからね。」「首相官邸の警備長の方が、緊張の連続で大変なんじゃない。」
「ゼミ長とか一番難しそう。やる気のない人がいても首にできないし、統制できないから。」

 

すべて、一理あるご意見だと思いますが、経営学の父とも言われるドラッガーは

「ビジネスや政治の長より、非営利組織の長が一番難しいよ!(意訳)」(『非営利組織の経営』P.F.ドラッカー著。1991年)

と言っています。かなり乱暴な意訳ですが(笑)、NPO法人、NGO組織、ボランティア団体、PTA、教会、そういった営利目的ではない団体・組織の運営が難しいということです。

 

■リーダーに求められるもの 〜営利組織〜

 組織経営を、組織内部の「リーダー」と「フォロワー」という視点で見たとき、リーダーがフォロワーに有益を与えられなければ、組織は成り立ちません。フォロワーが抱えている「問題」「課題」に対して、リーダーが「答え」を与える。ある意味でそれが信頼関係の土台であり、組織は成り立っています。

ドラッカーの話を否定するわけではありませんが、営利目的の組織経営も、本当に難しいと思います。従業員や職員の人生を預かっているわけですから、利益を出すためのリーダーにかかるプレッシャーと責任感は相当なものであると思います。営利目的の組織において「問題」と「課題」は、究極的には下記であると思います。

「問題」=生活を維持すること、衣食住の問題を解決すること

「答え」=「賃金」

 生活の糧を提供してくれる組織に対し、フォロワーも責任を担って「答え」をもらいます。少し乱暴な言い方かもしれませんが、以前は「給料さえ出していればOK」という経営も成り立っていたと思います。従業員が満足する給料を払っていれば、多少の不満があっても文句を言いながら組織についていきます。サラリーマン時代、職場の飲み会では話題のほとんどが会社や上司の愚痴でしたが、翌朝にはキチッと机に座っているのが営利組織です(笑)。

 しかし、現代社会においては社会構造の変化などにより、人々が「賃金」だけを求めて働いているのではないことは明らかであり、「やり甲斐」「達成感」「人や社会から必要とされている満足感」などを求めている人も増えていると思います。そういう意味では、今の社会では、営利目的の組織のリーダーも非営利組織のリーダーと同じようなことが求められるかもしれません。利益を出しつつ、というわけですから、ある意味でむしろ営利組織のリーダーの方が難しいかもしれないですね(笑)。そういう意味で、営利組織のリーダーも、非営利組織の経営を学ぶことは有益であると考えられます。

 

■リーダーに求められるもの〜非営利組織〜

非営利組織は、多少不満があっても「給料さえ出していればOK」という経営は絶対に成り立ちません。「目的」が非営利ですから、「何を目指す団体なのか」「社会や人々に対して何を提供できるのか」ということを提示する必要があり、組織の理念に共感したり、その活動に参加することで得られるやり甲斐を求めることで、人が集まってきて成立します。非営利組織の場合、「問題」と「答え」は、簡単に挙げるとこうなります。

「問題」=生き甲斐を見つけたい、社会貢献がしたい、自分の近隣の生活環境を改善したい等

「答え」=参加した人が達成感を感じること、社会が良くなること等

 

 私は非営利組織である教会を運営していますが、教会を例に挙げてみても、本当に色んな方がいらっしゃいます。集まってくる方の「問題」は様々です。

「問題」=人生とは何かを知りたい、神様のことを知りたい、とにかく自分を成長させたい、心の安息や癒やしが必要、どうやったら世界平和を実現できるか考えている、自分の進路がわからない

 年齢も性別も職業も関係なく、上記の「問題」を解決したいと人々が集まってくるわけです。教会の長として、そういった方々が期待した「答え」を得られるように、最大限サポートし、結果にコミットして差し上げなければなりません。

 私も多くの方の「問題」に向き合いますが、この「問題」というのは人の数だけ存在します。いえ、人の数以上に無数に存在します。

 たとえば、よくある相談内容として、進学や就職・転職などの「進路」相談があります。問題は同じ「進路」だとしても、その人の境遇、実力、資質などにより、答えは様々です。そのような方に対し、教会の牧師だからといって、「転職するかしないか」で悩んでいる人に「神様はしなさいと言っている」と祈って神のお告げをもらえるわけではありませんし、聖書に「神は言われた、『今は転職しないほうが良い』」と書いてあるわけではありません(笑)。

 そもそも就職相談所や、転職エージェントに相談しているのに、さらになぜ教会に来るのでしょうか?そこには、人々が求める「教会でしか得られないもの」があるからだと思います。

 

■教会に求められるもの

「餅は餅屋」と言いますが、餅屋がどんなにオシャレでも餅が全然美味しくなかったら、お客は来ないでしょう。オシャレでなくても絶品の餅がそこにあるなら、千里先からも買いに来ます。

 では、教会としては何を提供すべきで、人々が教会に究極的に求めることは何でしょうか?私は、最終的に2つだと考えます。それは、「真理」と「愛」です。教会としてはこれを満たして差し上げることができなければ、その人は再び教会に来ることはありません。いつもその期待に応える努力をしていますが、やはり簡単なことではありません。

「真理」とは何か?「愛」とは何か?このことは是非とも詳しくお話したいのですが、今日の主題からは横道に逸れる内容ですので、またの機会にさせて頂きます。急ぎ、ご興味のある方は、私の教会に是非いらしてください(笑)。

 

■非営利組織のミッション

 非営利組織である教会の与えるべきものの1つが、真理だと言いました。

 真理とは、道とも言います。道とは、目的地に導いてくれるものです。古代ヨーロッパの全ての道は、ローマに通じていましたし、東海道は東京と京都の中心地に導いてくれる道でした。

 茶道、華道、剣道、柔道、…単なる趣味の世界ではなく、「道」ですから、お茶や剣術の先にあるもっと深いものを追求してきたものです。その道の先には何があるのでしょうか?非営利組織の経営にも、これと通じるものがあると思います。

 私が思うに、以下のようなものではないでしょうか。

 人として生きる目的、本来あるべき美しい人間像、神の摂理の中の人間の存在。

 究極的にはこのようなものを追求し、到達するための「道」ではないでしょうか。

 そして、非営利組織も本質的にはこの「道」を追求することが求められるのではないでしょうか。

 

■前半まとめ

 一言で非営利組織といっても、活動は様々にありますし、ミッションも様々に異なると思います。しかし、本質的には人としての「道」を追求することではないか、と述べさせて頂きました。

 非営利組織のリーダーは自ら人としての道を追求し、ついてくるメンバーに人生の満足感を与えることが必要だと私は考えます。そういう意味では、非営利組織の経営は難しいものであると言わざるを得ません。ドラッカーの話は、私は本当にその通りであると思います。

 後編では、このリーダーシップを実践するとどうなるのか、というお話をしたいと思います。

   
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