リーダーシップより大切?フォローアップシップを高める3つの行動指針

リーダーシップより大切?フォローアップシップを高める3つの行動指針

我々の社会は「対になるもの」が機能して存在しています。+とー、スポーツにおける攻撃と守備、食事をするときのフォークとナイフのように、組織運営においてはリーダーとフォロワーが必要で、学びについてもリーダーシップとフォロワーシップの両方が必要です。リーダーとフォロワーでは圧倒的にフォロワーの方が多いですし、リーダーとなることを望まない人も多いです。組織が発展し成長していくためには、フォロワーの力が不可欠です。今日は有効なフォロワーシップを発揮するための3つのポイントをお伝えしたいと思います。

組織の目的のために全員が行動する

リーダーもフォロワーも、組織人である以上、組織の目的のために行動するべきです。組織の目的は、より多くの人へ有益をもたらすことです。個人でできることをわざわざ組織でやる必要はありません。個人でできない大きなことをやるために、組織が必要なのです。

100人の組織は50人の組織よりも有益性が高くあるべきですし、10人の組織が一個人でできることをしている場合は、組織をつくる意味がありません。その場合は組織の縮小や解体などの見直しが必要です。

大前提としては、組織の目的がありますから、参加するすべての人がそれを理解し、個人的な欲求を満たす段階から考え方を転換する必要があります。

Ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country.
 - John F. Kennedy (ジョン・F・ケネディ) -
 (訳)国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何をすることができるのかを問うて欲しい。

ケネディのこの有名なスピーチは、組織人である我々に深い教訓を与えてくれます。

組織の「目的」とは、存在意義や社会的に果たすべき役割、使命のことを言います。その「目的」を達成するために、より短期的なスパンで設定するものが「目標」です。目先の組織目標の達成のために行動するのではなく、参加する全員がその組織の「目的」のために行動するべきです。つまり、より多くの人へ有益をもたらせているのか、社会的公益性の観点から意義がある活動になっているのか、このことを常に考えて行動する必要があります。

もし、良くないリーダーや道を外れる行動をする上司がいたとしても、フォロワーがリーダーに引きずられずに正しい道を行くことができれば、組織としてはブレずに道を進むことができます。

マナーと礼節を重んじて行動する

リーダーへの文句や不平不満というのはすぐに出てきますが、組織の発展には繋がりません。また、マイナスの考えや不平不満というのは、あっという間に拡散します。組織全体にそのマイナスの考えが蔓延したとき、求心力は落ちて信頼関係がなくなり、組織の生産性はガクッと落ちるでしょう。たとえ褒めるところが全くない上司や組織でも(笑)、自分がマナーや礼節を重んじて行動すれば、少しずつでも状況は好転していきます。そして、その精神的強さを身に付ければ、どこに行っても輝きを放てる人になれるのではないでしょうか。

私が師事する牧師先生は、他者に対して、特に指導者ならば、毎日ほとんど褒めてあげるべきだ、と話しました。人が叱られた時に発揮する力と、褒められた時に発揮する力は全く異なるのだ、と。

これは、リーダーからフォロワーに対してだけ当てはまるのではなく、フォロワーからリーダーに対しても当てはまることだと思います。

優れたフォロワーとなるために、上司や組織に対しても礼節を重んじ、マナーを守ることは重要です。組織のメンバーたちが、どんな人に対してもマナーと礼節を重んじる人となれば、精神的安定や信頼関係の構築に繋がり、エネルギーを生産的なところに向けられるので、組織の生産性は上がるでしょう。また、組織外部の人にとっても、その組織のフォロワーが礼儀正しく、マナーに優れた人であれば、信頼できる組織だと判断でき、協力者も増えるに違いありません。

現在盛り上がっているラグビーワールドカップ、日本代表のスクラムハーフは3人の選手がポジションを争っていた中、初戦のロシア戦では流(ながれ)選手が選出されたのですが、その選出理由が興味深いものでした。起用に関して、ジェイミー・ジョセフHC(ヘッドコーチ)はこう語っています。

「流は自信を持った良いリーダーで、コミュニケーションも非常に良く取れている。味方にも強く要求でき、レフェリーにも主張できる。プレッシャーのかかる試合では、彼のような存在が必要だ。」

流選手の能力の1つに、レフェリーとのコミュニケーション力を挙げています。レフェリーというのは公平性を求められる審判者ですが、人間ですから感情があります。審判を味方につけられるかどうかも、スポーツの試合の行方を左右します。

最近のスポーツでは審判に対し、礼儀を欠いた行動を目にしますが、先述の牧師先生はサッカーをする際に、「審判は絶対であり、幾ら判定に納得がいかないとしても、礼儀を欠くような行動をしてはいけない」とおっしゃっていました。

聖書では、神様が真の審判者であると言っています。「人間の目から見て、一時的には不条理だと思える事があっても、最後には絶対に神様は正しい審判をして下さるから、礼儀を欠くような行動をせずに、マナーに優れた人としていつも行動しなさい」というのが牧師先生の行動哲学であり、私たちに教えてくれたことでした。

点だけを見ず、線を見て行動する

時には、フォロワーとしてリーダーが信じられない時や、良くないリーダーの元でフォロワーとして行動しなければならない時もあるかもしれません。私にもそういう経験がありましたし、皆さんも経験があると思います。その際、「点だけを見ず、線を見る」という考え方をぜひ取り入れてほしいです。

ものごとというのは繋がっていて、点のような小さなことも線に繋がっていきます。どんなに厳しく難しい環境も、永遠に続くことはありません。ですから、どんな環境であれ自分が正しく行動すれば、必ずその後状況は好転していきます。

直面する上司や組織のその瞬間だけを見ないで、大局を見ることができれば、その不利な状況というのは最高の学びの環境に変わります。神様は必ず、良い運命をすべての人に定めていらっしゃいます。自分に向けられた天の大きな計画を信じ、信じる力で難しい状況を突破することができれば、必ずや栄光の未来が待っていることでしょう。

「あなたがたは訓練として耐え忍びなさい。神はあなたがたを、子として取り扱っておられるのである。いったい、父に訓練されない子があるだろうか。誰でも受ける訓練があなたがたに与えられないとすれば、それこそ、あなたがたは私生子(しせいし)であって、本当の子ではない。その上、肉親の父は私たちを訓練するのに、なお彼を敬うとすれば、なおさら、私たちは、たましいの父に服従して、真に生きるべきではないか。肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが、たましいの父は、私たちの益のため、そのきよさにあずからせるために、そうされるのである。すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし、後になれば、それによって鍛えられるものに、平安な義の実を結ばせるようになる。」(ヘブル人への手紙12章7〜11節)

最後に

「誰がために鐘はなるのか」という言葉がありますが、結局は「自分のために鐘を鳴らす」のです。フォロワーとしてどんなリーダーに仕えるのか、どんな組織に属するのか、結局はすべて自分の成長の糧になります。不遇な状況下でフォロワーとして行動しなければならないときこそ、むしろ学ぶ環境としては最高かもしれません。簡単な時は誰でもできる、難しい時にいつも通り行なうのが難しいのです。フォロワーとして難しい状況に直面する時こそ、自分の大きな未来のための神様のプレゼントだと信じて、突破する皆さんになることをお祈りしています。

 

※本記事は2019年9月30日に投稿された記事のリメイク版です。