“責任分担”の重要性

“責任分担”の重要性

Vol1 責任分担と主人意識

シリーズ「ここに神経を使う人が逸材になる」の最初のテーマは「責任分担と主人意識」です。自分を成長させ活躍できる人材へと変化する上で必要なのは、「いかに自分のやりたいことをやるか」にコミットすることよりも、「いかに自分に与えられた責任分担を果たすか」「いかに自分に任された領域を良い仕事で満たすか」という考えを持つことだと言われています。そしてその責任に対して自分が主人という意識で向き合うことが大切です。


リーダーに求められる重要な要件の1つが責任を果たすことです。責任を果たさないリーダーの元では人材が極めて育ちにくく組織の発展も望めません。また、リーダーだけではなくついていく立場であるフォロワーも各々責任を果たすことが必要です。今回は責任と責任分担という概念、重要性について考えてみます。

責任とは「対応できる能力を有する」こと

責任という言葉には、強制的に負わされる義務失敗した時に責めを負うことようなイメージが付き纏いますが、英語で責任と訳されるResponsibilityには違うニュアンスが含まれています。

Responsibilityは単純に大きく2つ、「response」と「ability」に分解することができ、「response」は 「応答」「反応」 などの意味を持ちます。また「ability」は 「能力」 という意味です。語源に忠実にResponsibilityを理解しようとするなら、反応+能力となり責任は「対応できる能力を有する」「対応可能」ということになります。責任が「対応可能」なら責任を持つ者は「対応可能な人、対応できる人」となり、任された職務を遂行できる位置(立場)にいて、かつその職務上で生じた問題を解決できる人ということになります。

つまり、責任にはそれにふさわしい能力が伴うことになるので、責任者はその能力を主体的に発揮する必要があるのです。

このことは英語圏に限ったことではありません。

日本社会でも一般的に一般社員から主任、主任から次長、課長など職責が上がるほど、自由裁量や権限を得ていくことになるので「対応できること」の範囲もぐんと広がっていきます。

例えば、ある企業にクレーマーと呼ばれる顧客が来たとしましょう。クレーマーの理不尽なクレームに対してもし一般社員が対応できなかったら、上司や役付きの人が対応するべきではないでしょうか。

上司や役付きの人はその問題に対応できる能力、裁量、権限を持っているからです。能力があるにも関わらず、もしその状況で逃げ回ったり他の人のせいにしたりして何も対応しなかったら、その人は立場上は上司や役付きであったとしても、責任者としては失格と言わざるをえません。

責任者にはその責任にふさわしい能力が伴うので対応可能な範囲内で主体性を発揮することが求められます。つまり責任とは、役職に伴う義務というより、能力を受けた人が主体的に行なう必須業務と考えるべきなのです。

責任分担とは「自分の立場でできることを最善を尽くして行なう」こと

次に、責任の分担について考えていきます。

企業などの組織の場合、100%リーダーの責任、100%フォロワーの責任という状況は滅多になく、それぞれが任された責任を全うしてこそ組織としての目標を達成し維持管理していくことができます。以下、いつくかの事例で考えてみます。

以下の図に出てくるパーセンテージは生産性を表していますが、固定的なものではなく理解を促すための1つの目安としてご理解ください。

上司と部下との関係

上司70% 部下30%

ある企業の場合、業績を上げる上での上司と部下との責任分担の割合が70%:30%だったとします。上司だけが最高に頑張っても70%の成果しか残せませんし、部下だけが最高に力を尽くしても30%の成果しか残せない状況を表しています。上司にしかできない仕事は部下が代わりにすることはできませんし、部下がすべき仕事を上司が全て行なうことも難しいです。

よって、上司と部下が共に「自分の位置でできることを最善を尽くして行なう」とき、業務を滞りなく遂行できるしコミュニケーションも円滑に進むようになります。これが責任分担を果たすことです。

しかし双方、もしくは片方の責任分担が不足している場合、様々な問題が生じるようになります。例えば、上司が部下のAさんに対して「あいつは仕事に対する考えが甘く、良い仕事ができない」と評価し、反対にAさんは上司に対して「うちの上司の教え方が悪いからできない」と考えているとしましょう。

この場合、双方の責任分担を果たせていない可能性が高いです。双方が「この問題に対して『自分が対応可能な何か』があるのではないか?」と考えることができれば、上司は「教育担当を変えてみる」「仕事を進める仕組みごと再構築する」「Aさんと一対一で仕事に対する考えを共有する」などを実行できますし、Aさんは「分かるまで徹底的に質問をする」「他の先輩に仕事の覚え方を聞いてみる」「上司や先輩への態度を改める」などを実行できるでしょう。

このように、概ね職場における問題は双方もしくは片方の責任分担の不足によるところが多いです。

この責任分担を果たす程度、つまり自分の立場でできることを最善を尽くして行う程度は、役職や立場に関係なく各人の考え方や神経の使い方によって大きく差が生じるものです。「(この状況において)『自分が対応可能な何か』はないのか?」を考えて行うことで関係性も生産性も飛躍的に改善していきますし、何より、上司や部下への批判ではなく、自分ができることに着眼することで自分自身の成長が促されるのです。

(ビジネス)パートナーや友人との関係

自社50% 他社50%

仕事やプライベートの関係の中でパートナーシップを築く上でも、責任分担が大切になってきます。例えば夫婦間で夫が妻を最高に愛しても、妻が夫を愛さなければ関係は成立しません。「両想い」「片想い」という言葉がありますが、双方共に好きで大切にすることが関係性維持において重要で、どちらがか損をしたり利用されたりする関係はいずれは破綻するようになります。

リーダーとフォロワーとの関係

リーダー50% フォロワー50%

リーダーとフォロワーの関係も同じです。政治や経済、社会の様々な分野で優れたリーダーが求められていますが、リーダーとフォロワー双方が責任を果たなければなりません。リーダーだけが最高に努力しても、フォロワーが責任分担を果たさず、不平不満を言ったり、足を引っ張り合ったり、非生産的な言動を繰り返すようであれば、国家も組織も成り立たないのです。

福澤諭吉が『学問のすゝめ』の中で「よい人民であってこそよい政府が作られる」と語っているように、ただ優れたリーダーが現れることを期待するよりも、むしろリーダーを支えるフォロワー・人民が次元をあげることが重要でしょう。

反対に、どんなにフォロワーが優秀で、献身的にリーダーを助け、支え、力になったとしても、リーダーの責任分担までは果たすことはできません。

私がHR(ヒューマンリソース)業界に入ったばかりのとき、「全員がリーダーになれる組織が最強の組織だ」と上司から教わったことを今でもよく覚えていますが、フォロワーもリーダーに対して依存的になるのではなく、自分の責任分担を果たすことが大切だと改めて理解することができました。

いかに責任分担を果たすか?

私たちが職業人として最初に考えるべきことは、「自分は責任分担を果たせているか?」ではないかと思います。

時折「自分は会社から正当な評価を受けていない」という声を聞くことがありますが、その実、自分に任された責任分担をしっかり果たさずマネジメントを批判したり無用な提案をしたりしているケースも多いです。

正当な評価を受けたければ、まずは自分の立場で自分に任された業務に最善を尽くせているかを考えることです。高い評価は自分に期待される水準以上の質と量の仕事をしたときに得られるものです。

仕事を任せる立場からすると、あれこれ他者の批判ばかりをして自分の仕事に手を抜く人より、自分の責任をきっちり果たしてくれる人に恩義を感じ、より重要な仕事を任せたくなるのです。

仮に、自由裁量がないのに責任だけ負わされるという状況になってしまった場合、期待されている業績を上げるためには責任者として「これが必要だしこのやり方が妥当」などの意見を、自分を任命した人に積極的に伝えていくべきでしょう。「方法を押し付けられている」感覚の仕事の結果に責任を負うことは、心情的にも困難だからです。

自分の位置で対応可能なこと、できることを探し、主体的に行動することに神経を使うことができれば、きっと責任分担をきちんと果たせる頼もしい部下、同僚、上司になっていけると思います。

   
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