褒めても自己肯定感は上がらない∼”認知”を変えるコーチングの勧め∼
「自己肯定感とは?」あるPTA行事での出来事
数年前の話ですが、私はある私立学校のPTAが主催するオンライン・ワークショップにアシスタントとして参加してきました。ワークショップのテーマは「コーチング」で、参加していた保護者たちは軒並み子育てに関する意識が高く積極的に発言されていましたが、グループごとに行なわれた質疑応答の時間での、自己肯定感にまつわる発言とその後のやり取りがとても印象的でした。
保護者Aさん 「うちの子は自己肯定感が低い。この学校の先生方は子どもたちをあまり褒めない。褒めて認めてあげないと自己肯定感が下がってしまう。たくさん褒めてくれる塾や習い事とは対照的。だから学校にあまり行きたがらない。」
保護者Bさん(Aさんに追随する形で) 「うちの子も自己肯定感が低い。自己肯定感は得意なことを褒めて伸ばすことで高まっていくのでは?」
保護者Cさん(さらに追随する形で) 「学校は子どもを一律に評価するのではなく、個性を尊重する努力が必要。」
私が参加したグループではこのような話が続き散会しましたが、同じ学級の生徒の保護者たちの多くが「うちの子は学校のおかげで自己肯定感が高くなった」と別のグループで発言していたことを、後日知るようになりました。
もちろん多少の接し方の違い、感じ方の違いはあると思われますし、相性など色々な要因があると思いますが、この出来事を通して改めて「自己肯定感とは何か?」「自己肯定感は一体どのように形成されるのか?」を考えさせられるようになりました。皆さんはどうお考えになるでしょうか。
実験:自己肯定感を下げない授業
「自己肯定感」という言葉は、この10年くらいでメディアや書籍で語られることが多くなったと思います。
文部科学省が提示している資料※1では、自己肯定感は「自己に対する肯定的な評価」と説明されていますが、経年調査を見ても日本の若者の自己肯定感は低い水準を維持しています。近年、所謂「褒める教育」が日本の家庭や教育現場に急速に浸透しましたが、それでも若者の自己肯定感は向上せず、むしろ社会では自信がなく打たれ弱い若者たちが増えているようにさえ感じられます。
「なぜ自己肯定感が下がってしまうのか?」この疑問に対する解を得る上で、個人的に学びが多かった”ある実験”※2の概要をご紹介します。
以下、「失敗しても自己肯定感が下がらない方法」を模索した実験内容です。
①ある小学校の5年生と6年生を、無作為に2つのグループに分けた。
②両グループに以下のような文章をイラストと共に見せた。
③2つの内の1つのグループの児童には、②のようなネガティブな事象に対して主人公がポジティブに認知したことを示す文章を付け加えておいた。もう1つのグループの児童にはネガティブに認知したことを示す文章を付け加えておいた。
<グループ1に見せた文章(ポジティブに認知)>
<グループ2に見せた文章(ネガティブに認知)>
④ ③「手を上げた主人公は、その後どんな気持ちになったと思いますか?」などの質問で主人公の気持ちを推測させ、自由記述法やチェックリスト法による回答を求めた。
上記①〜④のプロセスを4日間かけて行なったところ、ポジティブな認知の文章を見せたグループは、典型的なネガティブな認知を否定しポジティブな考えを強く抱くようになっていました。具体的には次のような考えです。
「僕、最悪だったな」→「手を上げるなんてすごいじゃん!」
「頑張って手を上げても答えを間違えたら何にもならないよな。」→「今まで手を上げなかった人が上げたことは大進歩だよ。」
「生まれつき僕がバカだからだろう」→「算数の問題を解き間違えただけ。生まれつきじゃないしバカじゃない」
「算数がダメということは国語も音楽もきっと全部だめだろうな。」→「昨日、社会のテストで70点取ってたじゃん」
「自分なんて生きててもしょうがないよな。」→「暗く考えすぎ!友達が成績悪くたってそんなこと考えないでしょ?」
など、ネガティブな認知に反論する考えが強くなっていたことが分かりました。同時に自己効力感も高まっていることも分かりました。
さらに、このような効果は授業の直後だけでなく授業から2ヶ月経った後でも持続し、学校生活の中で日常的に行なわれている算数のテストの結果をネガティブに認知した場合にも、実験でポジティブな認知の文章を見せられたグループの児童は、成績不良の原因を「学習方法が不適切だった」といった努力の方法の問題だと考え、能力不足が原因ではないと考えるようになっていたのです。
この実験は日本教育心理学会に寄稿された論文「セルフ・エスティームの低下を防ぐための授業の効果に関する研究」(2006)の一部です。セルフ・エスティームとは自尊感情、自己肯定感などと訳される言葉ですが、この実験から推測できるのはネガティブな事象、いわば逆境に対してポジティブな考え方を選択できることを教わっていた子どもは、実際に逆境に遭遇した時に自己肯定感を下げるのではなくむしろ向上させることができるということです。
逆境をポジティブに捉える力=自己肯定感
人は多かれ少なかれ人生の中で辛いこと、大変なことを体験するものです。心身共に自立した人間として生きるなら、それらの逆境を避けて生きることはほぼ不可能でしょう。
それらの逆境に出会った時、「どう考えどう行動するか」がその人の”人生の実力”だと言えます。そして、その”人生の実力”の土台となるのが、逆境をポジティブに捉える力、すなわち自己肯定感だと言えるのではないでしょうか。
子どもの自己肯定感に話を戻すと、子どもたちを取り巻く環境が好ましくないと感じられた場合、少しでも良くしていくよう努めることが学校や親の役割かもしれません。
しかし、先ほどの実験結果からも推測できるように、逆境をポジティブに認知できるよう促すことも、自己肯定感を育む上では有益だと言えます。
先ほどお伝えしたワークショップに参加した保護者達の見解も正しいとは思いますが、むしろ「逆境はある」「理不尽なこともある」「自分にとっての苦手で勝負しなければならないこともある」ということを教え、それらに処した時の考え方も事前に教え、本人が困難や艱難を経験している時にその気持ちに寄り添う努力をすることが、自己肯定感を高める最短の道である気がしてなりません。何事も環境のせいにするより、認知を変えるように助けること。このことが自己効力感を高め、より実質的な効果を発揮するコーチングなのです。
まとめ
企業内での人材育成においても、従業員の「自己肯定感の低さ」が成長の弊害になることがあります。しかし、自己肯定感は長い時間かけて形成されていきますので、社会人としてのベテランの域に入ってからではなく、人生の早い段階から健全な形で自己肯定感を育むことが大切です。
今の日本社会は、失敗に対して不寛容だったり閉鎖的だったり、若者たちの自己肯定感が高まる環境としては好ましくないかもしれません。
しかし、青少年にとって身近な存在である親や教師が、また若手社員にとって身近な存在である先輩や上司が、逆境に対してポジティブに向き合い感謝して乗り越える姿を見せることは、自己肯定感を高める上でこの上ない力になることも事実です。そういう意味で、人生の先輩たちが「環境のせいにせずポジティブな認知をし続ける」という自己肯定感を持つことが、若者たちの自己肯定感を高める最善の方法なのかもしれません。
※1 「日本の子供たちの自己肯定感が低い現状について」(文部科学省提出資料)
※2 出典「セルフ・エスティームの低下を防ぐための授業の効果に関する研究」教育心理学研究刊,2006,54,112-123
※本記事は2022年4月28日に投稿された記事のリメイク版です。
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